
こんにちは。彩音です。
このシリーズでは、わたし自身がASD・ADHDやAPDの診断を受けるまで、そして受けたあとに働き方を見つけていくまでの体験を、少しずつ書いていこうと思います。
まずは、学生時代の話から。
小さいころから、わたしは「勉強ができる子」でした。
授業の内容もテストも苦労したことがなくて、小学生の頃から成績はクラスで1番。
いわゆる優等生とよばれていて、家でも学校でもいい子だったと思います。

でも、学校生活が楽しかったかというと、そうでもなかったんです。
授業中だけが、安心できる時間だった
わたしがいちばんラクだったのは授業中でした。
先生の話を聞いて、ノートを取って、黙々と問題を解く。
そういう時間は「何をすればいいか」が決まっていて、周囲と余計に関わらなくてよかったからです。
反対に、休み時間や登下校の時間は、いつも気を張っていました。
- どう話しかけたらいいの?
- どこに立って、どういう顔をしていればいいの?
- 誰といるのが正解なの?
いつも分からなくて、まわりの様子ばかり気にしていました。

大人になった今でも、こういう感じは変わっていません。
余計なひと言で、距離を置かれることも
小学生のとき、女子のグループで話していたときに
「あーもっと痩せたいなー」
となんとなく言っただけで、急に口をきいてもらえなくなったことがありました。
今思えば、当時のわたしは痩せているほうだったので、そのセリフが「嫌味」だととらえられたみたいです。
自分では何がいけなかったのか分からず、気づいたら避けられている。
そんな経験が何度かありました。
中学受験は、逃げ道だった
そうした小学校の人間関係のしんどさから逃げるように、中学受験を決意しました。
「勉強していればいい」「テストで結果を出していれば怒られない」
それが、わたしにとって唯一安心できる場所でした。
私立の中高一貫校に入学し、そこでも成績はよかったです。

でも、人間関係のしんどさは相変わらずでした。
「友だち」はいたけれど、ずっと気を遣っていた
中高時代にも、一緒に過ごす友人はいました。
でも、内心はずっと気を遣っていて、どこかで「合わせなきゃ」という感覚が抜けませんでした。
特につらかったのが、昼休みや登下校の時間。
一人でご飯を食べたり、授業が終わったら急いで一人で帰ったり…。
一人でいてまわりにどう思われているかも気になるし、でもみんなといるのも疲れる。
どちらの気持ちもありました。
ガールズトークについていけない
この頃から、自分がガールズトークについていけていないことに気づきはじめていました。
- 女子の会話のスピードが速すぎてついていけない
- どこで相槌を打てばいいか分からない
- 話に入ろうと思っても、タイミングがつかめない
そんな感じで、いつもワンテンポ遅れた反応をしていたような気がします。
ときどき少し話すこともありましたが、そんなときはだいたいいつもズレたことを言ってしまっていて、「あ、まちがえた…」と気づくこともよくありました。

そんな経験を何度もして、「もう、おとなしくしていよう」と決めたのを覚えています。
先生の説明も聞き取れない
学校や塾の授業にもあまりついていけていませんでした。
真面目に授業を受けていたつもりでも、先生の話はどこか頭をすり抜けていく感じで、内容がなかなか入ってきませんでした。
言葉は耳に届いているはずなのに、意味としては頭に入ってこない。
その場では分かった気がしても、あとから「何の話だったっけ?」となってしまうこともよくありました。
そんな中でも勉強は比較的できたほうでしたが、それは家でかなり努力していたからです。
授業で聞き取れなかった分を、家に帰ってテキストを何度も読み直して、ようやく理解するという感じでした。
当時は知らなかった。でも、今思えば…
この頃のわたしは、発達障害やAPDという言葉すら知りませんでした。
「人よりも会話が苦手で、空気も読めなくて、理解力もない」
そんなふうに、自分はなんでこんなにダメなんだろうといつも思っていました。
でも、今になって振り返ると、あのとき感じていた「生きづらさ」こそが、特性そのものだったんだと分かります。
- 空気が読めないこと
- 会話のスピードについていけないこと
- 先生の説明がその場では理解できず、あとからようやくつながること
- 雑音があると、何を言っているのか分からなくなること

すべて、発達障害やAPDの特性にぴったりあてはまっていたんですよね。
まとめ
わたしの学生時代は、「勉強はできるけど、人といるのがしんどい」の繰り返しでした。
その理由も、自分の特性も、何も分からないまま、「ちょっと変わった子」「不思議ちゃん」として過ごしていたと思います。
当時は名前も知らなかったASDやADHDやAPD。
でも、今あらためて振り返ってみると、「あのしんどさには、ちゃんと理由があった」と気づけました。
学生時代のわたしにそっと教えてあげたいです。
「あなたが感じていた生きづらさには、ちゃんと理由があるんだ」って。
次回は、そんなわたしが社会に出てから「うまくいかない理由」に直面し、やがてASDの診断を受けるまでのことを書いていきます。

よかったら続きも読んでみてくださいね。
次の記事はこちら↓

<わたしのストーリー一覧>
ストーリー① 学生時代 ◀ いまここ
ストーリー② 初めての就職
ストーリー③ ASD/ADHDと診断されて
ストーリー④ 障害者雇用で働く
ストーリー⑤ 失敗した転職
ストーリー⑥ 自分に合った道を見つける
