【ブログ】発達障害とわたしのストーリー①|空気が読めず悩んだ学生時代

プロフィール

こんにちは。彩音です。

このシリーズでは、わたし自身がASD・ADHDやAPDの診断を受けるまで、そして受けたあとに働き方を見つけていくまでの体験を、少しずつ書いていこうと思います。

まずは、学生時代の話から。

小さいころから、わたしは「勉強ができる子」でした。

授業の内容もテストも苦労したことがなくて、小学生の頃から成績はクラスで1番。

いわゆる優等生とよばれていて、家でも学校でもいい子だったと思います。

でも、学校生活が楽しかったかというと、そうでもなかったんです

この記事を書いた人
彩音

・ASD×ADHD(精神2級)(ASD寄り)
・双極性障害Ⅱ型
・公務員→障害者雇用→一般雇用→障害者雇用(現在)
・転職エージェント経由で完全在宅の転職に成功
・就労移行支援の利用も2回経験あり
・発達障害でも無理なく働くヒントを発信中。

授業中だけが、安心できる時間だった

わたしがいちばんラクだったのは授業中でした。

先生の話を聞いて、ノートを取って、黙々と問題を解く。

そういう時間は「何をすればいいか」が決まっていて、周囲と余計に関わらなくてよかったからです。

反対に、休み時間や登下校の時間は、いつも気を張っていました

  • どう話しかけたらいいの?
  • どこに立って、どういう顔をしていればいいの?
  • 誰といるのが正解なの?

いつも分からなくて、まわりの様子ばかり気にしていました。

大人になった今でも、こういう感じは変わっていません。

余計なひと言で、距離を置かれることも

小学生のとき、女子のグループで話していたときに

「あーもっと痩せたいなー」

となんとなく言っただけで、急に口をきいてもらえなくなったことがありました。

今思えば、当時のわたしは痩せているほうだったので、そのセリフが「嫌味」だととらえられたみたいです。

自分では何がいけなかったのか分からず、気づいたら避けられている。

そんな経験が何度かありました。

中学受験は、逃げ道だった

そうした小学校の人間関係のしんどさから逃げるように、中学受験を決意しました。

「勉強していればいい」「テストで結果を出していれば怒られない」

それが、わたしにとって唯一安心できる場所でした。

私立の中高一貫校に入学し、そこでも成績はよかったです。

でも、人間関係のしんどさは相変わらずでした。

「友だち」はいたけれど、ずっと気を遣っていた

中高時代にも、一緒に過ごす友人はいました。

でも、内心はずっと気を遣っていて、どこかで「合わせなきゃ」という感覚が抜けませんでした。

特につらかったのが、昼休みや登下校の時間。

一人でご飯を食べたり、授業が終わったら急いで一人で帰ったり…。

一人でいてまわりにどう思われているかも気になるし、でもみんなといるのも疲れる。

どちらの気持ちもありました。

ガールズトークについていけない

この頃から、自分がガールズトークについていけていないことに気づきはじめていました。

  • 女子の会話のスピードが速すぎてついていけない
  • どこで相槌を打てばいいか分からない
  • 話に入ろうと思っても、タイミングがつかめない

そんな感じで、いつもワンテンポ遅れた反応をしていたような気がします。

ときどき少し話すこともありましたが、そんなときはだいたいいつもズレたことを言ってしまっていて、「あ、まちがえた…」と気づくこともよくありました。

そんな経験を何度もして、「もう、おとなしくしていよう」と決めたのを覚えています。

先生の説明も聞き取れない

学校や塾の授業にもあまりついていけていませんでした。

真面目に授業を受けていたつもりでも、先生の話はどこか頭をすり抜けていく感じで、内容がなかなか入ってきませんでした。

言葉は耳に届いているはずなのに、意味としては頭に入ってこない。

その場では分かった気がしても、あとから「何の話だったっけ?」となってしまうこともよくありました。

そんな中でも勉強は比較的できたほうでしたが、それは家でかなり努力していたからです。

授業で聞き取れなかった分を、家に帰ってテキストを何度も読み直して、ようやく理解するという感じでした。

当時は知らなかった。でも、今思えば…

この頃のわたしは、発達障害やAPDという言葉すら知りませんでした。

「人よりも会話が苦手で、空気も読めなくて、理解力もない」

そんなふうに、自分はなんでこんなにダメなんだろうといつも思っていました。

でも、今になって振り返ると、あのとき感じていた「生きづらさ」こそが、特性そのものだったんだと分かります。

  • 空気が読めないこと
  • 会話のスピードについていけないこと
  • 先生の説明がその場では理解できず、あとからようやくつながること
  • 雑音があると、何を言っているのか分からなくなること

すべて、発達障害やAPDの特性にぴったりあてはまっていたんですよね。

女性の発達障害の特徴

まとめ

わたしの学生時代は、「勉強はできるけど、人といるのがしんどい」の繰り返しでした。

その理由も、自分の特性も、何も分からないまま、「ちょっと変わった子」「不思議ちゃん」として過ごしていたと思います。

当時は名前も知らなかったASDやADHDやAPD。

でも、今あらためて振り返ってみると、「あのしんどさには、ちゃんと理由があった」と気づけました。

学生時代のわたしにそっと教えてあげたいです。

「あなたが感じていた生きづらさには、ちゃんと理由があるんだ」って。

次回は、そんなわたしが社会に出てから「うまくいかない理由」に直面し、やがてASDの診断を受けるまでのことを書いていきます。

よかったら続きも読んでみてくださいね。

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<わたしのストーリー一覧>
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ストーリー② 初めての就職
ストーリー③ ASD/ADHDと診断されて
ストーリー④ 障害者雇用で働く
ストーリー⑤ 失敗した転職
ストーリー⑥ 自分に合った道を見つける