
こんにちは。彩音です。
このシリーズでは、わたし自身がASD・ADHDやAPD(聴覚情報処理障害)の診断を受けてから、働き方や自分らしい生き方を見つけるまでの体験を、少しずつ綴っています。
今回は、社会に出てはじめての職場である「公務員時代」のことを綴ります。
前回書いた、学生時代に感じていた“生きづらさ”が、職場でも少しずつ顔を出しはじめてました。
勉強が得意だったから、公務員になれた
正直、新卒での就職活動はうまくいきませんでした。
企業の面接でうまく話せなかったり、会話のテンポについていけなかったり…。
「ここで働きたい」と思っても、その気持ちを全然うまく伝えられず全滅。
まわりはどんどん内定をとっていくのに、わたしだけ取り残されていました。
でも、公務員試験は筆記試験が重視されるので、勉強が得意だったわたしにとっては希望の光でした。
面接対策に不安はあったけれど、なんとか最終合格。
なんとか公務員として働き始めることになりました。
優しい人たちに囲まれた、けれど…
配属された職場では、優しい先輩や同僚が多く、いじめられたりすることは全くありませんでした。
でも、しばらく経つと、「雑談」が苦痛になっていきました。
- 休憩中にみんなが話している内容にうまく入れない
- 雑談の“中身”がなかなか思いつかない
- 頑張って話そうとすると、話題がズレてしまう

これは学生時代からずっと変わらず思っていたことでした。
仕事でも、些細なミスに凹み続ける日々
仕事面でも、確認不足や伝え方のミスが多かったです。
落ち込んでも仕方がないとは思うものの、「なんでちゃんと相談しなかったんだろう」と自分を責めるループから抜け出せません。
でも、
いつ話しかけたらいいんだろう…
こんなことで相談していいのかな…
と悩んでいるうちに、ひとりで抱え込んでしまって、それがまたミスにつながるということを繰り返していました。
優しい上司や同僚の人も、あきれているような気がして、いたたまれなかったです。
そして、そんな自分にだんだんと自信がなくなっていきました。
「適応障害」と診断され、職場を離れることに
誰かに強く叱責されたわけでもないし、いじめにあったわけでもなかったですが、気づいたら、心も身体も限界を迎えていました。
眠れない、食欲がない、会社に行こうとすると吐き気がする。
それでもなんとか出社していましたが、ある日、仕事中なのに頭が全く働かなくなって、早退してしまいました。
自分でも精神的なものだと自覚していたので、すぐ病院を受診した結果、「適応障害」と診断されました。

そこから、職場に復帰することはできず、わたしは公務員を辞めることになりました。
そして、ASD/ADHDの診断を受けた
退職後、精神科に通う中で、医師から「ASDとADHDの傾向があります」と言われました。
そのとき、やっと気づいたんです。
長い間ずっと感じていた違和感が、やっと“言葉”になった瞬間でした。
- 雑談が苦手だったこと
- 失言をしてしまうこと
- 場の空気を読むのが苦しかったこと
- 仕事で相談することが苦手だったこと
- 些細なミスや注意をいつまでも気にしてしまうこと
全部、発達障害からくるしんどさだったんだ。
自分の弱さばかり責めて落ち込んでいたれど、今までの生きづらさに説明がつくように感じました。
まとめ:ミスばかりだったけど、ちゃんと頑張ってた
公務員時代のわたしは、毎日ミスの連続で、自信をなくしていきました。
でも今振り返ると、自分なりに、ほんとうに頑張っていたと思います。
うまくいかなかった理由が、「性格」や「弱さ」ではなく、「特性」だったと知ったとき、見える世界が少し変わりました。
次回は、発達障害と診断されたあとのわたしが、就労移行支援や転職エージェントを使って、新しい働き方を探していく話を書いていきます。

良かったら続きも読んでいってくださいね。
次の記事はこちら↓

<わたしのストーリー一覧>
ストーリー① 学生時代
ストーリー② 初めての就職 ◀ いまここ
ストーリー③ 発達障害と診断されて
ストーリー④ 障害者雇用で働く
ストーリー⑤ 失敗した転職
ストーリー⑥ 自分に合った道を見つける
